●はじめに:「敗者のゲーム」とは何か?
“資産運用は、勝とうとするゲームではなく、負けないことを目指すゲームである。”
そう説くのが、チャールズ・エリスによる名著『敗者のゲーム(Winning the Loser’s Game)』です。
一見すると逆説的なこのタイトルには、個人投資家が取るべき姿勢と行動のすべてが凝縮されています。
「プロのように勝ちを狙っても無理」
「ではどうするか?」
──本記事では、エリスの主張を紐解きながら、**資産運用において“勝つ”とはどういうことか?**を考えていきます。
●1. 敗者のゲームとは「自滅の競技」
エリスはまず、投資をテニスの試合に例えて解説します。
- プロ同士の試合:Winner’s Game(勝者のゲーム)
→ 相手の弱点を突き、積極的に得点することで勝敗が決まる - アマチュア同士の試合:Loser’s Game(敗者のゲーム)
→ 自らのミスや凡ミスで得点を失い、“いかにミスを減らした側が勝つか”がカギ
エリスは、現代の資産運用も「敗者のゲーム」化していると主張します。
市場参加者の大半がプロ化・機関化した結果、個人がプロと張り合って勝つのはほぼ不可能。
それよりも、「いかに自滅(=高コスト・タイミング投資・感情的判断)を避けるか」が重要になるのです。
●2. アクティブ投資はなぜ勝てないのか?
エリスのもうひとつの重要な主張は、アクティブ運用の敗北です。
- 多くのアクティブファンドは市場平均(インデックス)を上回れない
- 成績が良いファンドも、それが継続する可能性は低い
- 高い手数料・頻繁な売買コストがパフォーマンスを削る
つまり、プロでも“市場に勝つ”のは極めて難しい。
それなのに個人投資家が、銘柄を選んだり、相場を読んだりして勝とうとするのは、まさに「プロに向かって素人が速球を投げ込む」ようなものです。
●3. 勝つための戦略は「勝とうとしないこと」
ここが本書最大のパラドックスであり、核心です。
■エリスが提唱する資産運用の基本原則:
- 長期保有を前提にしたインデックス投資
- タイミングを見ないで積み立てる
- 資産配分(アセットアロケーション)を重視する
- コストと税金を最小化する
- 感情のブレに負けない“規律”を保つ
要するに、「最小限の操作で、最大限のリターンを目指す」ことが、資産運用の正解であるといいます。
特にインデックス投資については、**“市場全体に乗ることで、失敗のリスクを減らしつつ、勝ち組の成長を自動的に享受できる”**という意味で、敗者のゲームを生き抜くうえで最適な手段とされます。
●4. 投資家にとって本当に大事なことは「行動の一貫性」
エリスは何度も「市場ではなく、自分の行動を管理せよ」と繰り返します。
市場が上がるか下がるかはコントロールできません。でも、
- 無駄な売買を避ける
- 感情に左右されない
- コストを低く保つ
- ルールを守る
──これらは、自分でコントロール可能です。
つまり、「敗者のゲーム」で勝つ秘訣は、“余計なことをしない”勇気と規律にあるのです。
●5. “勝者になる”とは、“自滅しないこと”
「勝つ」とは、他人を出し抜くことではなく、自分自身の失敗を防ぐこと。
たとえば──
- 相場の急落時に慌てて売らなかった人
- 上昇相場で焦って飛び乗らなかった人
- 流行のテーマ株に振り回されなかった人
彼らは、「派手に勝ってはいないかもしれない」けれど、確実に長期のリターンを積み上げていきます。
これこそが、“敗者のゲームに勝つ”ということの真の意味なのです。
●まとめ:「勝とうとするほど、勝てなくなる」
チャールズ・エリスのメッセージは、実にシンプルです。
市場で勝つために最も確実な方法は、勝とうとしないことである。
愚直にルールを守り、コツコツと積み重ねることで、いつか「勝っていた」と気づく。
多くの人が投資で失敗するのは、「もっと利益を得よう」と思った瞬間から始まります。
だからこそ、「勝とうとしない戦略こそ、最も勝ちやすい戦略である」という逆説が、現代においてなお強い説得力を持つのです。
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