自己投資という言葉は便利だ。
啓発セミナーに行く。
高級腕時計を買う。
良い車に乗る。
――これらをすべて“自己投資”と呼べば、たしかに聞こえは良い。
しかし、本来の投資とは「回収してこそ投資」である。
回収できない支出は、どれだけ高尚な言い訳をつけても、ただの消費にすぎない。
■ 自己投資の“落とし穴”
「これは自分への投資だから」
「いつか成長して回収できるから」
自己投資という名の支出が膨らむとき、多くの人が見落としているのは、
**“投資には必ずリターンが必要”**という当たり前の事実である。
啓発セミナーに数十万円払っても、収入が上がらなければ回収ゼロ。
高級腕時計を買っても、時間が増えるわけでも生産性が上がるわけでもない。
良い車を買っても、日々の生活コストはむしろ上昇していく。
気づけば、自己投資と言いながら「浪費」に近い行動が積み上がっている。
■ 投資信託が“本物の投資”である理由
では、何が「投資」なのか。
答えはシンプルである。
① 元本が残る
② 時間とともに価値が増える
この2つを満たして初めて投資と呼べる。
投資信託(特にインデックス投資)は、この条件を満たす最も王道の手段だ。
・今日買った口数は未来にも残る
・世界経済の成長とともに資産が膨らむ
・複利が働くため、時間が最大の味方になる
まさに「未来の自分が確実に得をする仕組み」である。
しかも積立投資は、
セミナーのように“気合い”も、
高級品のように“維持費”もいらない。
淡々と積み上げるだけ。
それが年月とともに確実に差となって現れる。
■ “自己投資の罠”に陥らないために
人は何か新しいことを始めるとき、「形」から入りたくなる。
・高いPCを買ったから頑張れる気がする
・勉強机を揃えたから作業が進む気がする
・高級腕時計で自分を鼓舞したい
もちろん、気分が上がるという意味では価値がある。
だが、それは心理的価値=消費の領域であり、投資とは異なる。
投資とは、冷静で、地味で、派手さがない。
しかし、静かに効いてくる。
高級腕時計は10年後に価値が残るかわからない。
セミナーの熱は1週間で消えるかもしれない。
一方、投資信託の積立は、
10年後には雪だるまのように膨らむ。
時間に働かせるお金こそが、本物の投資である。
■ 「投資は回収できてなんぼ」
あなたがお金を使うとき、問いかけてほしい。
それは本当に回収できるか?
もし「回収できる未来」が見えるのなら投資。
見えないなら、それはただの消費。
言い訳を排して残るもの。
それが“本当の投資行動”だ。
そして、その最たる例が、
毎月コツコツ積み重なる 投資信託の継続である。


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